9. AiRのススメ
▶︎ Artist in Residence - アーティスト・イン・レジデンスってなに?
アートパフィンに興味を持ってくださっている方の多くがご存知だと思いますが、アーティスト・イン・レジデンス(以下 AiR ) とは、アーティストの制作・キャリアサポートのプログラムのひとつです。参加アーティストは普段のスタジオから離れ、提供される特定の場所に一定期間滞在し制作やリサーチ・ディベロップを行います。よく“エアー” や “レジデンシー” と呼ばれます。日本にもたくさんの AiR があり、日本だとAIR_J 、海外だとRes Artis などがAiRデータベースとして有名でしょうか。
最初のAiRは1900年前後にイギリスやアメリカを中心に、アーティストに対する新しい支援のあり方として生まれました。パトロンたちが自身が所有する建物やアート施設にスタジオを用意しアーティストに制作に勤しんでもらう流れが起きたことが始まりです。同時期に、ヨーロッパではアーティストたちが都会を離れ芸術村を形成し制作拠点とする流れも起こりました。
その後、60年代になるとアーティストのユートピア的なコミュニティを目指すアーティストがレジデンスを形成するグループと、そこから外に開きゲストアーティストを招聘することで、より社会的に変化・刺激をもたらそうとする現在のAiRに近いグループが生まれました。そうして70年、80年代には様々なイニシアチブや団体が興るようになります。
90年代になるとグローバリゼーションの影響で、世界各国に思想や理念も様々で個性的な AiR の波及が起こり、00年代はより人の行き来が簡単になったことで国際交流の側面を持ち始め、美術館やアート機関、行政が AiR を主催するようになってきた頃です。2010年代以降はより特定のトピックや、リサーチにフォーカスした AiR など、アートを触媒として社会や土地を深く洞察・理解するための手法のひとつにもなってきています。
▶︎ なぜ AiR のススメなのか
まずは、美術館・アート機関・行政・有名民間 AiR への参加は賞や展示と同じくらいの価値を持っていることと、公募に応募する際に必ずといっていいほど提出を求められるCV/レジュメにおいても、AiR の経歴は大きな意味を持ちます。それだけでなく、展示、ワークショップ、出版やメディア露出があるケースもよくあることもポイントです。1度のAiR参加でCVに書ける項目が複数できることもあります。
次に、本来の意味である滞在制作することで作品が作れる、リサーチ・ディベロップができることにあります。より強調したいのは、AiRはいつもの制作環境ではない場所で行うため、限られた時間と共に、その場所性が付加されることで自身の境界が外的要因によって広がることがよくあります。その土地をより深く知り、そこを訪れたから、出会ったから作れる作品や習得できる技術がアーティストとして深みと広がりをもたらしてくれるのです。
そして、ネットワーク形成でしょう。AiRは展示で他国や他の地域を訪れることとはまた違った側面を持ちます。国内・海外関係なく、どこかに一定期間滞在するということは、あるコミュニティに属すことでもあります。そして多くのAiRはその土地の特色や産業、人脈といった様々なローカル資源を提供してくれます。また、他にレジデントアーティストがいる場合は、異なる背景のアーティストと交流することで、クリエイティブな相互作用が生まれやすく、AiR終了後もワールドワイドなネットワークへと広がっていきます。いい作品を作り続けることと同じかそれ以上に、人とのネットワークは私たちのキャリアにとってかけがえのないものです。
▶︎ AiR の種類
最初に触れた通り、AiR の形態は多岐に渡ります。ですが、その中でも大きく3つに分けて説明していきます。
① 全額助成のAiR
制作スタジオや工場、図書館等の施設・宿泊施設・制作費・アーティスト料・時には交通渡航費も全てカバーされる AiR です。この条件で募集している機関はオススメのひとつ目に挙げている美術館・アート機関・行政・財団 AiR が多いです。
② 制作スタジオ・宿泊施設の無償提供
運営が所有している施設は無償で提供し、制作費や生活費は自己負担という AiR です。
③ 全額自己負担
AiR 参加に係る経費が全て自己負担の AiR です。
この3パターンが主要なスタイルと言っていいでしょう。ここに、最後に展示があったり、出版があったり、メディア露出・掲載などが加わることも多くあります。そして、どのAiRに応募するかは個人で違うと思います。①がベストであることは間違いないですが、その分必然的に競争率は高いことが多いです。
▶︎ アートパフィンの掲載 AiR について
アートパフィンでは基本的に①と②を中心に掲載しています。というのも、このアートパフィンもアーティストによって運営されているので、できるだけアーティストの経済的負担が少ない公募を紹介したいという思いがあります。(そして世界には有名でなくてもこれだけ負担が少なく参加できる AiR があることも知ってほしい…! )
日本でもACAC、ARCUSやPARADISEなど、世界からも注目されている AiR はあります。と同時に、海外に目を向けるとジャンルや特色などバラエティに富んだ①②の AiR がたくさんあります。①はもちろん採択されれば最高なのは言うまでもありませんが、②でも相当なサポートです。アートパフィンでは①②を積極的に紹介していきます。ですが、③も大きな選択肢の一つです。宿泊施設代や展示や宣伝、設備・機材など、そのAiRが提供してくれる物質的な環境を自分で整えようとするといくらかかるのかをまず計算してみましょう。すると意外と設定額は相場よりだいぶ低く設定されている場合もありますので、自分の予算と相談して価値があると思ったら応募してみて下さい。ということで今回はAiRについて書いてみました。定期的に AiR カテゴリもチェックして下さいね!
▶︎ 世界の注目 AiR 14選
ここからは、国際的に有名なAiR や、ここの公募が出てきたら是非応募してほしい、キャリアアップが狙えるAiRを紹介します!順番に優劣は関係なくアジア、アメリカ、ヨーロッパの順に紹介します。
【アジア】
1. 蕭壠芸術村 / 台南・台湾 / 中堅向け
正しい読み方ができているか自信がないのですが、シャオロン / シュォーロゥ芸術村(筆者の聴力ではこう聞こえます)は台湾政府が運営しているAiRで、経済的にも充実のサポート。台南のローカルコミュニティや土地ならではのリソースを活かしたAiRで、滞在の最後には個展を行います。多くの芸術村が点在する台湾において、設備・サポート体制など頭一つ抜けた印象で、定期的に公募を実施しているAiRの中ではアジアでも指折りでしょう。
2. Gudskul / ジャカルタ・インドネシア / 全てのキャリア
AiRの枠に留まらない、近年注目を集めるジャカルタのアートコレクティブです。ドクメンタ15ではGudskulを構成するコレクティブのひとつ “Ruangrupa” がアジア初のキュレーターを務め、GudskulではARTLABがAiRとして機能しています。このプログラムでは参加者が集団での実験やシミュレーションを行いながら協働するための場として考えられており、アーティストとしてコレクティブ環境で活動する経験を深める機会を提供する。知識の共有、共同制作、リソースの分配が、日々の活動の中核となる価値観として実践されています。締切は設けず、メールで応募。助成金はなく、全額アーティスト負担のAiRです。
【アメリカ】
3. MacCOLL Center /ノースカロライナ・アメリカ / 全てのキャリア
1999年設立のMacCOLL Centerは教会をリノベーションし充実したAiR含めたアートプログラムを運営しています。AiRは陶芸や版画、暗室などの設備から、展示やオークションまで行い、多方面からのサポートを用意。10週間のAiR期間で$6000のアーティスト料が支払われます。2025年-26年の参加アーティストを現在絶賛募集中!(2025年4月14日締切)
4. MacDowell / ピーターバラ・アメリカ / ベテラン向け
ボストン近郊のAiRであるMacDowellはヴィジュアルアートに留まらず建築、作曲などの分野のクリエイターも支援しています。過去の参加者の中からはピュリッツァー賞やグラミー賞作曲家、グッゲンハイムフェローなどを輩出しているハイプロファイルAiR。
【ヨーロッパ】
5. DELFINA Foundation / ロンドン・イギリス / 中堅向け
ロンドンのアート財団であるデルフィナ財団は、アーティスト・キュレーター・執筆家向けのAiRプログラムを実施しています。特にキュレーター向けのプログラムが多い印象。国や地域を絞ったり、特定のテーマでのプログラム運営を行う形式で、各公募で内容が大きく異なるのが特徴。もう一つの特徴は、財団のネットワークを活かしたパートナーシップAiRで、普段公募を行っていないような国内外の有名な美術館やアート機関とプログラムを行うことも珍しくありません。
6. GASWORKS / ロンドン・イギリス / 若手・中堅向け
ロンドンで指折りのAiRであり、併設のギャラリーも非常に評価が高い。公募は主に特定の国と地域や、トピックにフォーカスして不定期で行っているリサーチ・ディベロップ型AiRです。制作費が助成され、週給制で2.5万円前後、交通IC支給、外部キュレーターやギャラリストを迎えるオープンスタジオも行われます。2024年の夏には日本在住アーティストを募集しており、その際はポーラ在外研修にも採択されたことのある敷地理氏が選ばれています。
7. Palazzo Monti / ブレッシア・イタリア / 若手・中堅向け
イタリアの元宮殿を活用したビジュアル的にも映えAiR。それこそAiRの起源に近いスタイルで、コレクターであるモンティさんが気鋭のアーティストに滞在制作機会を提供しています。ペインターやスカルプターが多く、自己完結できる制作スタイルのアーティスト向きのAiRです。締切は設けておらず、ウェブサイトのフォームから応募し、審査を受けるシステム。宿泊とスタジオ以外は自費です。
8. Rijksacademie / アムステルダム・オランダ / 中堅・ベテラン向け
去年のニュースレターでも真っ先に特集したので、聞いたことがある方も少なくないはず。オランダ政府が運営している言わずと知れた世界トップAiRのひとつでしょう。展示はありませんが、Work in progress オープンスタジオとして毎年アーティストの制作途中の作品&スタジオが公開され、そこでギャラリーからのスカウトなどがあることも少なくない、とか。かなり多くの年で日本人も採択されています。期間は2年間で月給が30万弱+制作費+充実のスタジオ、設備+住宅補助があります。
9. De Atelier / アムステルダム・オランダ / 若手向け
旧ライクスアカデミーの建物で実施されているAiR。こちらもライクスアカデミーと似たシステムだが、若手に注力している点で異なる。30〜40代がコア層のライクスアカデミーに対し、De Atelierは20代から採択時で30歳くらいまでアーティストを選出しています。メンターシップ制度がとても充実しており、アート界の最前線のアーティスト、キュレーターとの1on1講評などが特徴です。助成額は月に20万前後。
10. Tabakara Foundation / サン・セバスチャン・スペイン / 全てのキャリア
アーティストやクリエイター、まだプロとしてのキャリアをスタートしていない人にも門戸が開かれています。経済的なストレスを取り払い、キャリアを発展させるための制作や設備サポート、メンターシップなど、参加アーティストのキャリア形成を第一に置いています。他分野の機関と連携してAiRやプログラムこともあります。助成額は公募によって変動。
11. Bethanien Kunstlerhaus / ベルリン・ドイツ / 若手・中堅向け
ヨーロッパのアートシーンを牽引するベルリンにおいて外せないAiR。参加アーティストの多様性を重視し、12ヶ月のプログラムの中で、彼ら同士の対話、彼らとベルリンの対話をAiRを通して行うことで、AiR後のアーティストネットワーク構築と社会に対する団結を促進・推進しています。AiRの最後には併設ギャラリーで大規模展示が行われます。助成金プラス、外部財団への推薦書等もサポートあり。
12. The DAAD / ベルリン・ドイツ / 中堅・ベテラン向け
DAADもベサニアンと同じく、ドイツでも最も重要なAiRプログラムのひとつで2025年には創設100周年を迎える老舗財団AiR。母体は教育財団であることから、国際的なバックグラウンドと同じく、年齢の足枷もありませんが、ハイプロファイルな傾向です。12ヶ月のプログラムの競争率は非常に高く、世界中のトップから次世代を担うアーティストまで20人ほど選出されます。
13. WIELS / ブリュッセル・ベルギー / 中堅向け
ベルギーでは最も知られたAiRのひとつ。ベルギー国内枠と海外枠があり、海外枠には公募がありません。その代わり、世界中にある提携アート機関と連携しているため、そのアート機関の公募を通じて参加することができます。2025年2月時点で日本のパートナーはトーキョーアーツアンドスペース。助成金に関しては特に明記がないため、提携機関の定めるサポート条件によると思われます。
14. Boghossian Foundation / ブリュッセル・ベルギー / 全てのキャリア
ブリュッセルのアート財団が昔の使用人用の建物をリノベーションしAiRを運営していいます。といっても豪華な建物。国籍、性別、分野、様々なバックグラウンドからのアーティストを受け入れており、東洋と西洋や様々な地域からのアーティスト同士の文化的刺激を歓迎しています。助成金プラス渡航費がカバー。
いかがでしたか。まだまだ沢山のサポート充実AiRがありますので、ニュースレターやAiRカテゴリに公募掲載を通じて随時更新していきます。実際に海外AiRに参加した日本人アーティストや、AiR応募に関する記事なども近々お届けしていこうと思います。以上、AiRのススメでした。
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